2020-05-26 第201回国会 参議院 厚生労働委員会 第14号
これは全ての人が、社会保険というのは、そもそも正当な理由で、失業とかそういう正当な理由で賃金を失ったときに、それに代替するものを政府が市場の外側で給付するという性格のものですので、現役世代と退役したときの生活水準が余りにも大きく下がってしまうということを調整するんだという考え方と、先ほども言いましたように、ベバリッジ報告のように定額でもう全部配ってやりましょうかという二つの考え方があって、日本の被用者保険
これは全ての人が、社会保険というのは、そもそも正当な理由で、失業とかそういう正当な理由で賃金を失ったときに、それに代替するものを政府が市場の外側で給付するという性格のものですので、現役世代と退役したときの生活水準が余りにも大きく下がってしまうということを調整するんだという考え方と、先ほども言いましたように、ベバリッジ報告のように定額でもう全部配ってやりましょうかという二つの考え方があって、日本の被用者保険
年金の改革も、そもそも年金制度ができたのが、日本でいえば一九四一年、戦争中ですし、それからベバリッジ報告が出たのも戦争中です。
一九四二年にイギリスで発表され、イギリスのみならず日本の社会保障制度の発展にも影響を与えたいわゆるベバリッジ報告書によれば、社会保障という用語は、失業、疾病若しくは災害によって収入が中断された場合にこれにかわるための、また老齢による退職や本人以外の者の死亡による扶養の喪失に備えるための、更にまた出生及び結婚などに関連する特別の出費を賄うための、所得の保障と捉えられました。
そのドイツに対抗する意味もあって、英国でも一九一一年に国民保険制度が導入され、一九四二年にはベバリッジ報告が誕生、その後の福祉国家の思想的基礎が形成されました。 日本でも一八九〇年代に入って企業福祉が広がり始め、一九〇五年には鐘淵紡績が我が国最初の共済組合を創設し、疾病、傷害、年金・死亡給付といった保険事業を開始しました。
本論に入る前に、皆さんはベバリッジ報告というのを御存じでいらっしゃいましょうか。もう過去の話で、あれは戦時中に、挙国一致ですから、保守党のチャーチル内閣が構想をして、労働党のアトリー内閣で実現した。いわばナショナルコンセンサスをつくりながら、丁寧にコンセンサスをつくって、その上で政治主導が起こったわけでございます。
一九四二年、戦争中に、ベバリッジを委員長とするベバリッジ報告という有名な報告が出ます。その合い言葉は揺りかごから墓場までです。悲惨な戦争からいかに経済を復興させるのかというのは、揺りかごから墓場までなんですね。 私たちは、今非常に困難な悲惨な状態を迎えようとしているわけですね。
ベバリッジ報告といいますが、社会保険及び関連サービスに関する報告書というのは大変有名であります。これも議会がイニシアチブをとって、ベバリッジという人は、ロンドン大学の初代の学長をやられた経済学者でありますが、自由党の議員もおやりになった方であります。
御承知のように、ベバリッジは一九四二年にベバリッジ報告を出して社会保障の父と言われておるのでありますが、この報告はイギリスのちょうど日本の今のような出生率低下に対する対策として出されたものなのでございます。